· 

#09 アウェーのない私

たぶん私は、
アウェーという概念をあまり信じていない。

正確に言うと、

信じなくていいと思うようになった。

 

知らない人だらけのイベントにも、ひとりで行く。
誰かを誘うという発想が、そもそもあまりない。
イベントの内容が面白そうなら、それで十分。

 

ひとりで立っていれば、だいたい誰かが声をかけてくれる。
同じくひとりで来ている人を見つけたら、同志。
友達同士の輪に混ざることもあるし、
会場スタッフに「初参加なんです」と言えば、たいてい橋渡ししてくれる。

 

居心地の良さって、
人数や顔見知りの多さじゃない。
自分が縮こまらないこと。
それだけ。

 

 

中学時代、部活でハブられたことがある。
でも部活には目的があったから、あまり気にならなかった。
やることをやっていれば、周囲は背景になる。

それに、

集団で誰かを排除しているとき、
よく見ると、全員が加担しているわけじゃない。
空気に巻き込まれているだけの人が、必ずいる。

 

そういう人は、雰囲気で分かる。
だから私は、そっと言う。
「大変だね、気にしなくていいよ」

 

すると、不思議とそこから崩れていく。
強い人に従っていただけの人が、
一人、また一人と、戻ってくる。

 

 

くだらない排除は大人になってもあるもんだ。

つい最近も、女性ばかりのバイト先で数十年ぶりに
「あら?私嫌われてる?」という場面に遭遇した。

たぶん、

ちょっとした指摘が気に障ったんだと思う。

 

 

以来、仕事の指示を仰いでも「知らない」。
ウソの案内。
露骨。

 

でも私は、それを無視する。
無視されていることを、無視する。

 

「知らないんですね〜。わかりました、じゃあ私がやっておきますね」

「あれ?私~こう~教わりましたけど違うんですね~」

そう言って、淡々と進める。

 

困っても別のやり方で普通にできてしまう。
つまり困らない。
むしろ

教えてあげましょうか?と言える余裕。

 

結果。
イジメればイジメるほど、跳ね返っていく。
その人のほうが、だんだん苦しくなっていく。

 

これ、人間ができているわけじゃない。
全部、反逆。
静かな反抗。
そして、かなり気持ちいい。
多分相手からみたら嫌がらせ?

 

 

狭い一方通行の道を歩いていたとき、
後ろから車に怒鳴られたこともある。
「轢くぞゴルア!」と。

 

普通なら、怒るか萎縮するだろう。
大きな声で言い返そう「ゴメンねっ!」
そして私はこう続ける。
「轢かないでくれてありがとう!」

 

そう言ってよけてあげたら、
その運転手、
「あぁ……」って小さく会釈して、走り去っていった。

 

たぶんね。
人は、敵意に敵意を返されると強く出る。
でも意外性を突かれると、急に行先を失ってうろたえる。

 

 

 

人間関係も同じ。
うがった見方をすれば、世界は敵だらけ。
でも「事情があるのかも」と一段引いて見ると、
景色は変わる。

 

知らない人に「バカ◯ね」と言われたら腹が立つ。
でも我が子に言われたら
どうしたんだろ構ってほしいのかな、と思うでしょ。

それと同じ。
視点ひとつ。

 

 

アウェーか、アウェーじゃないか。
それは環境じゃなく、
自分がどこに立つかで決まる。

 

がんばったのに上司が評価してくれない

──じゃなく

どうしたらこの人は褒めるのか

 

 

悪口言わないで欲しい

──じゃなく

 

どうしたら悪口言わせなくできるか

 

 

居心地は、外にない。
自分の中にある。

 

今日も私は、
知らない場所に、ひとりで行く。
たいてい、楽しい。

Such Bar

サッチバーとは🗽さちばーが企画するイベントで、一部 合同会社ライフェスデザイン研究所が運営・主催しています。

SuchBar
メンバー募集

 

今後『Such Bar』と称して定期的に和服で集まるイベントを企画していきます👘

 

「着物で出かける勇気ないけど、優しい世界あったらいいな」という初心者さま、
「私のコーデを披露できるイベントやって~」という着物民のみなさま、

よかったら友達追加くださいませ✨